日々是口述154(R5・09・09)

 

もうこりた おのれ

忘己利他 己を忘れ 他を利する 人の心の 元は優しき

 

忘己利他とは天台宗の宗祖、伝教大師の教えという。「好事は他に与え、悪事は己に迎え、己を忘れ他を利するは慈悲の極みなり」自分のことは後にして、人の為になるようなことをせよ、という教えである。出家したら僧侶として仏さまに対して、それは人の為に尽くす義務があるという。

昔こんな話を聞いた。お釈迦様の弟子が、許されて地獄を見せて頂いた。そこでは長い箸を持った人々が、食事をしようとするのだが、箸が長すぎて食物が口に入らない。しばらくすると皆やせ細ってしまう。今度は天国を見せていただくと、やはり長い箸をもって人々が食事をしているのだが、皆おいしそうに食べている。なんとそれは、お互いが前に居る人の口に食べ物を入れてやっているためだとわかる。

面白いたとえ話だが、これが「利他愛」という心であり、他人を幸せにすると、自分も幸せになるという、見事で絶対な宇宙の法則が働きだすのだと思う。

 

ところがこれこそは、本来人が備えている心なのだ。常々申し上げているが「人は神の子」であり、神の天意(愛)なる本質を持って生まれてきているのだが、神の子であることを忘れていると同時に、利他という本質の心も忘れているのが現代人だという。

故に、神の子であることを思い出すと利他への愛を思い出すことが自然である。

それを思い出させる方法が「いろはひふみ合気呼吸書法」であると申し上げている。

なぜ呼吸書法が、神の子であることを思い出させるのだろうか。まだ科学的な証明もできなければ、理屈でも説明ができない。言霊の発生による無我の心が、一瞬一瞬でも我と慢心の想いから解放されて、神の子の本質である魂と、宇宙に遍満する言霊(神々)の波動と共鳴を起こす。それが天と魂を繋げる(波動共鳴)ことになり、潜在意識の中で、神の子の本質の魂が蘇ってくるのではないだろうか。

言霊の力は偉大である。疑いや理屈や概念、常識などが吹っ飛んでしまう超威力である。これを体験された方々は、超が付く素直な心の持ち主である。言霊の超威力を体験できる人は、自我のない超素直な心であるがゆえに、言霊(神)の波動エネルギーと共鳴共振が起きて、体験されるのである。

呼吸書法においても、高い波動を発する書を書かれる会員の方々の心は、真に微妙な、ほんの瞬間的にであっても意識が天と通じ合い、無になり、宇宙に遍満充満する言霊(神)との共振共鳴が起こり、書線の墨の粒子に、高い波動が記されるのではないだろうか。

その時の心境をお聞きすると「何か気持ちがよくって、楽しくて、発声する声も宇宙に響いて、筆と手が勝手に動いていくような不思議な感覚でした・・・」と言われる。

このような書をどんどん書いて頂いている時こそ、ご自分の魂、心、身体が浄められ、その居住する家環境も大地も清まり、ご先祖様の霊魂までも浄められ救われるのであろう。

『いろはの書より発する光は、人の魂、その親、親戚、祖先の魂、守護霊までも、浄める手伝いするなれば。』『ことばを浄めて、家々に神の光を放つ書を、かざし、光を広め行けよ。』『一人の力に困難あらば、互いに手伝い、助けてゆけよ。』(ひふみともこ記述・神結記より)

いろはひふみ合気呼吸書法は、山本の頭で考え創り出した書法ではないことは、度々申し上げてきた。このような呼吸書法は、書道界の歴史上、類を見ないのだ。所属される会員諸氏も、時代の先達なのである。その会員のご協力によって社会が浄化され、平和が現象化され『地球を救わん、宇宙を救わん。』との言葉のがあり「人類創生、始めの時に、神との約束せしことを、思い起こせよ、蘇らせよ。」(同・神結記)とある。これも我々が神の子であることを思い出し確信に至った時、天と繋がり、利他への愛の魂であることが蘇るのであろう。

希望、感謝、感動、歓喜 ♾️。